福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)178号 判決 1977年12月22日
原告
岩崎弘文
被告
株式会社大森開発公社
ほか一名
主文
被告株式会社大森開発公社は、原告に対し、金七三九万一、三一七円及びこれに対する昭和五二年三月二二日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員を支払え。
被告東京海上火災保険株式会社は、被告株式会社大森開発公社に対する本判決が確定したときは、原告に対し、金五一三万〇、八六〇円及びこれに対する右確定の日の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告らに対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用のうち、原告と被告株式会社大森開発公社との間に生じたものはこれを一〇分し、その九を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と被告東京海上火災保険株式会社との間に生じたものはこれを五分し、その三を同被告の、その余を原告の各負担とする。
この判決は右第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求の趣旨
(一) 被告らは、各自原告に対し、金八二一万六、二五五円及び本訴状送達の日の翌日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 本案前の申立
(一) 原告の訴を却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
2 本案についての申立
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決と被告ら敗訴の場合の仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五〇年六月二日午後二時頃北九州市八幡西区穴生三丁目一番二八号先交差点において、訴外高橋義人の運転する自動二輪車(北九州ま二八一六号)と訴外大森領一の運転する被告株式会社大森開発公社(以下被告会社大森開発ともいう。)所有の普通乗用自動車(北九州五五ふ一二三〇号)とが衝突し、原告は、頭頂側頭部急性硬膜外血腫、右側頭骨閉鎖性線状骨折等の傷害を受け、現在まで無言無動の状態(いわゆる植物的生存状態)である。
2 被告会社大森開発の代表取締役である訴外大森領一は、同被告の職務のため前記普通乗用自動車を運転し、黒崎方面から穴生二丁目方面に向け左折進行しようとした際、あらかじめ左後方の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失により、本件事故を発生させたものであるから、同被告は、自賠法第三条に基づく賠償責任がある。
3 ところで、原告及びその両親は、本件事故に関し、被告会社大森開発を相手とする当庁昭和五〇年(ワ)第八七〇号損害賠償請求事件(以下前訴請求事件という。)において、昭和五二年一月二七日判決(その後確定)を受け、これに基づき、右原告らの損害金が確定し、原告の逸失利益、原告の慰藉料、昭和五一年一二月一六日までの原告の治療費、同年一二月までの原告に係る原告の両親の付添看護費用等の支払を受けた。
ところが、原告は、無言、無動のまま昭和五二年三月末に退院することとなつたが、病状は依然として回復の可能性はなく生涯付添看護が必要であるので、右は本件事故に基づく損害として、被告会社大森開発に対し、次のとおり賠償請求権がある。
(一) 昭和五二年一月一日より同年三月初めまでの治療費金三六万一、〇五五円
(二) 付添看護費用 金七八五万五、二〇〇円
原告の付添は、二四時間中管による流動食の投入、二時間毎の寝がえり、着せかえ、大小便の世話、身体をふいたりしている状態であり、脳以外にはとりたてて病はなく、時に風邪をひいたり下痢をしたりする程度で健康であるので、右の状態は将来にわたり永続的なものと考えられる。
そこでとりあえず、昭和五二年初めから五年分の付添看護費用として請求するものである。
その付添看護費用は少くとも一日金五、〇〇〇円を下らないから年五分の中間利息を控除すると、その現価は次の算式により金七八五万五、二〇〇円である。
金五、〇〇〇円×三〇×一二×四・三六四=金七八五万五、二〇〇円
なお、原告が本訴において請求する右(一)の治療費及び(二)の付添看護費用は、前訴請求事件の口頭弁論終結時に確定しえず、請求しえなかつたものであり、また前訴請求事件においては、治療費及び付添看護費用の各請求を明確に昭和五一年一二月までと特定して一部請求をしたのであるから、前訴請求事件の確定判決の遮断効とは無関係である。
4 被告東京海上火災保険株式会社(以下被告保険会社ともいう。)は、被告会社大森開発との間に任意保険契約を締結しているのであるから、同被告に対し、同被告が原告に対し前記自賠法第三条に基づく責任を負担することによつて受ける損害を填補するべき責任があるところ、原告は、被告会社大森開発が事実上倒産して資力が十分でないので、民法第四二三条により同被告に対する前記損害賠償請求権に基づき同被告の被告保険会社に対する保険金請求権を代位行使するものである。
なお、被告保険会社は、被告会社大森開発に対する保険額の中から、前記確定判決による原告の損害等を支払つているため、右任意保険額の残額は金五一三万〇、八六〇円であり、被告保険会社は、現在、原告に右金員の支払義務がある。
5 よつて、原告は、各自被告らに対し、金八二一万六、二五五円及び本訴状送達の日の翌日より各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 本案前の抗弁
被告大森開発と原告間には、原告主張の前訴請求事件の確定判決(確定日昭和五二年二月一一日)が存在し、右判決により本件事故に基づく損害が確定されたのである。
原告は、それにも拘わらず、同一事故に基づく損害が右確定判決により認められたものの外に存在する旨主張し、あえて本件訴を提起したものであるが、本件訴は、前訴請求事件の口頭弁論終結前に請求しえなかつたものとは認められず、むしろ、治療費、付添費等は過去の実績や医師の意見等によつてたやすく予想し、請求しえた筈のものである。
同一当事者間の同一事故に基づく損害賠償請求権は、積極損害、消極損害、精神的損害等の区別如何に拘わらず、訴訟物としては、同一、一個のものであると解するのが相当であつて、この請求権について一度判決によりその内容が確定された場合、例外的に前訴の口頭弁論終結時に請求しえなかつた損害について再訴の提起がなされたような場合を除いて、その判決の既判力によつて、再度の判断は許されないことになるから、被告らに対する原告の本件訴は、前記確定判決の既判力によつて再訴は許されないものという外なく、不適法な訴として却下を免れない。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因事実第1、第2項は認める。
2 請求原因第3項の事実中、原告の昭和五一年一二月一六日までの治療費、付添看護費用が支払われた旨の事実は認めるが、原告主張のその余の損害は不知。
なお、付添看護費用の額が一日金五、〇〇〇円というのは高額に過ぎ、一日金二、〇〇〇円程度が相当である(前訴請求事件の認定は、入院付添を前提とするもので、本件では参考にするべきではない。)。
3 請求原因事実第4項のうち、被告保険会社が被告会社大森開発との間で任意保険契約を締結していることは認めるが、同被告の被告保険会社に対する保険金請求権は、その約款によれば、「車両損害に関しては事故発生の時から、また賠償損害に関しては、被保険者が負担する法律上の損害賠償責任の額が、判決・和解・調停または書面による協定によつて被保険者と損害賠償請求権者との間で確定した時から、それぞれ発生し、これを行使することができる……」との規定が存在するところ、原告が本訴において被告会社大森開発に対して請求する損害賠償額は未だ確定していないから、同被告会社の被告保険会社に対する保険金請求権は未だ発生していないことが明らかであつて、原告の債権者代位権による被告保険会社に対する請求は失当である。
仮に、原告の被告保険会社に対する請求が可能であるとしても、保険金残額は金五一三万〇、八六〇円であるから、同被告にはこれを超える原告の支払請求に応じる義務はない。
四 抗弁
原告は、訴外高橋義人の運転する単車に同乗するに際し、ヘルメツトを着用する注意義務を怠り、ために本件事故による損害の拡大に重大な原因を与えたので、右過失は、被告会社大森開発が賠償すべき原告の損害額の算定につき斟酌されるべきである。
五 抗弁に対する認否
原告の過失は一割程度が参酌されるべきである。
第三証拠
一 原告
1 甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし一五
2 原告法定代理人岩崎滿志本人の供述
3 乙第一号証の成立は認める。
二 被告ら
1 乙第一号証
2 甲第一ないし第三号証の各成立は認める、その余の甲号各証の成立は不知。
理由
第一被告らの主張の本案前の抗弁について。
本件事故に関して前訴請求事件の確定判決が存在することは当事者間に争いがないところ、成立に争いがない甲第一号証によれば、前訴請求事件において請求された、本件事故による原告の治療費及び原告に係る付添看護費用は、昭和五一年一二月まで(治療費については同月一六日まで)と特定明示されているというべきであり、一方原告が本訴において請求する治療費は昭和五二年一月一日より同年三月初めまでの分であり、その付添看護費用は昭和五二年初めより五年分である。
ところで、一個の不法行為によつて生じた損害のうち特定の一部の損害についての確定判決は、その一部の損害と明らかに区別できるその余の損害についてまで既判力を及ぼすものではないから、前訴請求事件の確定判決の既判力は本訴に対して及ばず、原告の本訴請求は、右既判力によつて遮断されることはないというべきである。
従つて、被告ら主張の本案前の抗弁は採用しない。
第二原告の被告会社大森開発に対する請求について。
一 請求原因第1、第2項の事実は当事者間に争いがない。
二 過失相殺の抗弁について判断するに、原告が、訴外高橋義人の運転する単車に同乗するに際し、ヘルメツトを着用する注意義務を怠り、ために本件事故の拡大の原因を与えたことは原告において明らかに争わないところ、前記争いのない事実及び前掲甲一号証によつて認めうる本件事故の態様からすれば、原告の本件事故による損害については、原告の右過失により一割の過失相殺を認めるのが相当である。
三 原告主張の損害について判断する。
1 原告法定代理人岩崎滿志本人の供述並びにこれにより成立を認めうる甲第五号証の一ないし五及び同第六号証の一、二、同号証の四、五、同号証の七によれば、原告は、昭和五二年一月一日より同年三月初旬までの治療費として金三五万七、三七五円の支出を余儀なくされた事実を認めうるが、右期間中に右金額を超える治療費の支出を要したと認めうる証拠はない。
ところで、原告の前記過失を斟酌すれば、被告会社大森開発が賠償すべき治療費は、うち金三二万一、六三七円である。
2 前掲甲第一号証、原告法定代理人岩崎滿志本人の供述によれば、原告の日常の看病は、原告の両親において付きつ切りでしており、管による流動食の投入、着せかえ、大小便の世話、身体の払拭、二四時間中二時間毎の寝がえり等の世話をしており、一人ではとても看病ができないこと、その付添看護費用は付添二人で一日金五、〇〇〇円であること、原告は、無言無動のいわゆる植物的生存状態であるが、風邪をひいたりする程度で健康であること、以上の事実を認めうるから、原告は、昭和五二年一月以降少くとも五年間は、右のような状態が継続するものと考えられる。
従つて、昭和五二年初めから五年分の付添看護費用の昭和五二年一月当時の現価は、ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除すると、原告主張の算式のとおり金七八五万五、二〇〇円となるところ、原告の前記過失を斟酌すると、被告会社大森開発が賠償すべき付添看護費用は、うち金七〇六万九、六八〇円である。
四 以上の次第で、被告会社大森開発は、原告に対し、金七三九万一、三一七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること本件記録により明らかな昭和五二年三月二二日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。
第三原告の被告保険会社に対する請求について。
一 被告会社大森開発と被告保険会社との間に自動車責任保険契約が締結されたことは当事者間に争いがない。
ところで、成立に争いがない乙第一号証によれば、保険契約の締結により保険事故の発生を停止条件とする保険金請求権が発生し、保険事故の発生時に保険金請求権は抽象的に発生するが、なおその保険金請求権を行使するには、先ず被保険者が負担する損害賠償責任の額が、判決、和解、調停または書面による協定によつて被保険者と損害賠償請求権者との間で確定することが必要であり、右保険金請求権の履行期は、通常の場合、右損害賠償額が確定した上、約款所定の手続が完了したときに到来するものというべきである。
しかし、本件のように、被害者が、加害者に対する損害賠償請求と保険会社に対する債権者代位による保険金請求とを併合して訴を提起している場合には、被害者の損害賠償を認容すると共に、右認容の損害賠償額に基づき被害者の保険金請求を、民事訴訟法第二二六条所定の要件がみたされている限り、将来の給付の請求として認容しうるというべきであり、また、保険金請求権の履行期は、保険会社が右損害賠償額の確定手続に訴訟当事者として関与しているのであるから、通常の場合と異つて、右約款所定の手続に拘らず、被害者の加害者に対する損害賠償請求認容の判決が確定すると同時に保険金請求権の履行期が到来し、保険会社はその翌日から履行遅滞の責に任ずるというべきである。
従つて、原告の債権者代位権に基づく被告保険会社に対する保険金請求としての本訴請求は、将来の給付の訴に該当するところ、右保険金請求権が併合訴訟である加害者に対する損害賠償請求の訴を認容する判決の確定と共に履行期が到来する外、被告らが損害賠償義務、保険金給付義務を争い、原告が損害の早急な賠償をうべき必要にある以上、民事訴訟法第二二六条所定の要件を充たすものというべきである。
次に、被告会社大森開発が保険金請求権を適法に行使しているといえないことは明らかであり、また、同被告会社が原告において主張するように無資力であることは被告保険会社において明らかに争わないところであるから、原告の被告保険会社に対する保険金請求は、民法第四二三条の要件を充たしていることが明らかである。
二 原告の被告保険会社に対する保険金請求は、右説示により、既時の支払を求める請求としては認容しえないことが明らかであるが、原告の被告保険会社に対する本訴請求は、予備的に前記将来の給付の請求を含む趣旨であることが弁論の全趣旨により明らかであるところ、前記のとおり、被告会社大森開発は、原告に対し、金七三九万一、三一七円の損害賠償責任があり、また、被告保険会社の被告会社大森開発に対する保険金残額が金五一三万〇、八六〇円であることは当事者間に争いがないから、被告保険会社は、原告に対し、被告会社大森開発に対する本判決が確定したときは、保険金の限度である金五一三万〇、八六〇円及びこれに対する右確定の日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
第四結論
よつて、原告の被告らに対する各本訴請求は、いずれも被告らの各前記説示の支払義務の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、被告会社大森開発に対する仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、なお、右仮執行の免脱宣言の申立及び被告保険会社に対する仮執行宣言の申立はいずれも相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寒竹剛)